7月になりました。いよいよ1年も後半に突入です。本当に早いなぁ。特段困ったことも、悩むこともなく、ただただ慌ただしく半年が終わりました。カミさんの病気のことが気掛かりですが、きっと神さまが何とかしてくれるでしょうから、残り半年も静かに過ごせることを祈るばかりです。
そうか年老いていくというのはこういうことか、と最近思うことがあります。それは「いろんなことに関心がなくなること」です。「関心が無くなる」と当然ながら、そのものから遠ざかっていきます。そして、忘れていってしまいます。
最初は気付かなかったんですけどね、だんだんと「そうなって」いっていることに。それが、いつの間にか、見たいもの/見えるもの、聴きたいもの/聞こえるものが少なくなっていたのです。
きっと、みんなそうなんでしょうね。いつまでもいろんなことに興味深々で、面白可笑しく生きていくなんて人はいないのです。傍から見たら退屈な時間でも、本人は少しもそれが退屈ではない。勿論、面白くもありませんが。ただ淡々と日常が続けば、それでOK。
それで「そうなのか」と気付いたことがあって、ふむふむとそれもまた、そのままに受け入れてしまいます。それは「TVとはよいものだな」ということです。何か見たい番組があるとかではなく、ただ適当に流しておく、それがよかったりします。
それじゃラジオを聞けばいいじゃん、ということなのですが、私が最近気に入っているTVの観かたというのは「消音」にして、ただただ映像が流れているというものなのです。いいですよ、これ。半分時計代わりですけどね。何か動くものがあると、逆に落ち着くものです。
最近はTVを見ない、TVはオワコンだ、TVを見るのはカッコ悪い、なんていうのが流行りですが、年寄りにとってはTVというのは欠かせないものなんですよ。リモコンのスイッチを1回押すだけで、すぐに見ることができますしね。見ても見なくても、どうでもいいし。
「服」「靴」にも何ら関心もなく、ただただ清潔であればよく、「本」だって正直に言ってしまえば通勤/帰宅時の暇つぶしでしかなく、パソコン・スマホも普通に使えればどんなに古くても構いもせず、もともと食べ物の味は大して分からないし… 年を取るのも悪くはありません。何だかこういう日々が来ることを、望んでいた様な気もしますし。
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母の日に買ってきた鉢植えのカーネーション、来年も花を咲かすのは難しいらしいのですが、そのまま捨ててしまうのも可哀想なので、花が咲き終わった後に大きめの鉢に植え替えておきました。そうしたら、咲き終わったハズなのに新しい蕾が幾つも出てきて、ついには花を咲かせました。うれしい、よく頑張ったね。