何だか心温まる話みたいでしょ。スペインの片田舎、哀しいことがあって泣いてばかりいる孫娘に、無口なおじいさんがパエリアを作ってあげる。おじいさんは彼女を慰めるような気の利いたことは何も言えず、二人でテーブルをはさみ、ただ黙々とパエリアを食べる。やがて、食べ終わった孫娘が「ありがとう、おじいさん」と言って少しだけ笑顔になる。
そんな話ではなく、カミさんが用事で出掛けて不在だったので、私が夕ご飯の支度をしたというだけなのです。「おじいさん(私)の作るパエリア」ということです。
説明の必要もありませんが、パエリアはスペインの米を使った料理です。パエリアというのはそもそもが「フライパン」の意味らしいのですが、魚介類やパプリカなどを使い、サフランで色を付けた全体的に「黄色」の食べ物です。
私はこれまで一度もパエリアを作ったことがありません。更に大切なことを付け加えるならば、生涯で3度程度しかパエリアを食べたことがありません。つまり、パエリアとは本来どの様な味がするものかを大して知らずして作る訳です。勿論、このことはカミさんは知りません。所謂、チャレンジャー1号という訳です。
そして、あれやこれやと材料をスーパーで買い、ネットのレシピに忠実に従い、パエリアはできました。美味しかったのですが、それが本来のパエリアという料理であったかは私には定かではありません。スペイン人を3人ぐらい並べて感想を聞きたいところです。セルジオさんとか、ホセさんとか、ミゲルさんとかです。
まぁ、カミさんが「おいしかったわ、パエリア」と言ってくれたので、必要最低限の仕事はできたのです。よかった。
さて、このエントリで私が書きたかったのは「パエリア」のことでも、セルジオさんのことでもなく、シエスタ(お昼寝)のことなのです。パエリア→スペイン→シエスタという長い前フリであった訳です。そもそもタイトルがシエスタじゃないし…
スペインにはシエスタという昼寝の習慣があり、それは一日を丸ごと楽しむために非常に合理的なものだそうです。確かに短時間でも目をつぶって体を休めると随分と「蘇り」ます。それに世界的にもリモートワークが普及したことで、皆さん、勝手に、会社の許可もなくシエスタを取り入れていることでしょう。大丈夫です、黙っておいてあげます。
私も昼寝は大好きで、しかも早期退職して自由の身であることから、何の「やましさ」もなく、眠いなと思えば、5分、10分、30分、1時間とうたた寝をしてしまいます。
そして、目覚めて、意識がまだぼんやりしているときに、いつも、「随分、一人で離れたところに来てしまったな」と思い、少し寂しい思いがするのです。
これは、早期退職をした元の会社の人たちのことだけでなく、既に没後久しい父母のことであったり、学生時代の友人のことであったり、私を気にかけてくれた多くの人たちのことであったり、いろいろと親しかったすべての人たちから「一人で離れたところに来てしまったな」と思うのです。
まったくの無防備な瞬間に、不思議な感情が襲ってきます。けれど、それは決して悪いものではなく、少し寂しいけれど、むしろ懐かしく温かい感じがするのです。
この瞬間が過ぎると、カミさんと愛猫のおーちゃん(メインクーン)と共に生きていく時間がまた動きだします。たまに働きにいく以外は本を読んで、庭いじりをして、気が向けば散歩にいく、そんな時間が続いていきます。善きかな。