今日(9/30)はランチにおそばを食べました。好物のかき揚げそばを頼んだのですが、注文後程なくしてお店の人が私の席にやってきて、「かき揚げが終わりになってしまいました」と言うのです。
そんなの新しく揚げればいいでしょ?と思ったのですが、何かしら深刻な様子で、何があってもかき揚げは用意できない!という強い決意が表情に漲っていました。それで、その人が代替案を提案してきたのですが、「野菜天そば」にしてもらえないかと言うのです。
急な話で「えっ」となり、私が返答するのに数秒時間が空いてしまったところ、その人が「本当なら野菜天そばの方が20円高いんですよ。それを追加料金なしでいいですから」と詰めてきました。大した違いはなさそうだったので、余りの迫力に押されて「はい」と答えてしまいました。これじゃ、20円のお得に目がくらんでしまったみたいです。イヤだな。
それで、結局、野菜天そばを食べたのですが… ダメでした。「レンコン天」「ナス天」「かぼちゃ天」というのは、そばに乗せて食べると少しも美味しくない。まったく満たされない午後になってしまいました。どこに不幸が転がっているか分かったものではありません。
さて、最近の「働く」に際しての私の基本スタンスは「誰の邪魔もしない」だったりします。この基本スタンスというのは、私の場合しょっちゅう変わるので、これもまた短命な流行り病みたいなものに違いありません。
もはや「誰かを蹴落とす」とか「ライバルと競い合う」とか「誰かに認められたい」とか「誰かの役に立つ」とか、そういう力強い思いを労働に対して抱く程の元気もありません。されど、スパっと仕事を辞めて隠居生活に入るには諸事情が許してくれません。
ということは、いかにまだしばらくの間、仕事だけに没頭して、イヤな思い、人に煩わしさを感じずに過ごせるかというのが、非常に大事なポイントになります。これぞシニアの「働き方改革」「働き方3.0」みたいなものなのです。
「誰の邪魔もしない」、これは裏返せば、積極的に関わらないけれど、障害にはならないので、大目に見てねというもので、裏返せば「誰も私の邪魔をしないでね」ということなのです。これが、結構に脱力感があって、よいのです。ムリなく続けられるというのが大事ですから。
まだ、体調も良くないので、明日もしっかり自分の仕事に専念して、早々に帰宅したいと思います。邪魔せず、邪魔されず。
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明日は10月1日で「都民の日」です。公立の小・中・高は休みなんですよね。都内の会社も休みにしてくれないかな。