土曜日(10/26)、久し振りに「天津甘栗」を買いました。近くのスーパーの入口付近で、大きな窯でグリグリと炒られていて、何ともそそられたのです。私が買ったのは一番小さな袋で、値段は540円。

家に帰って、夕食後にちまちまと皮をむいて食べました。そんなに沢山を一度に食べるものではありませんが、「甘栗数個の幸せ」に浸ることができました。

さて、いよいよ今週末には11月になってしまいます。そして、わちゃわちゃとしている中に年末になり、お正月を迎えることになります。ちなみに今年の年末年始、私が勤めているところでは、有給を使わずとも「9連休」になります。これはうれしい。

12/28(土)~1/5(日)まで。長い休みといっても真冬なので、オモテで遊ぶことはできませんが、家の中で何かまとまったことをするには十分な長さです。毎度、こんなことを考えるのですが、これまでただの一度も「まとまった何か」などできた試しがないので、きっと今回もダラダラと毎日が過ぎていくことでしょう。

そうなると、いつの日か完全リタイアする日がきても、恐らく何も「まとまったこと」などしないに違いありません。毎日、適当な時間に起きてはゴミ出しをして朝ごはんを食べ、家の周りを少しばかり片付けていると昼食の時間になる。午後もまた家の周りを片付けて、気分転換に図書館に行ったり、散歩に行ったりする。近くの健康ランドというのも魅力的です。

夕方になって、近所に「遠き山に日は落ちて~」のメロディが流れると、まるで、どこかの猫ちゃんの様に家に戻ってくる。夕飯を食べたら、テレビを見たり、ネットを眺めたりして、完全に弛緩。その中に眠くなって、結構な頻度で寝落ちしてしまう。

恐らく、これが「間違いのない未来」なのでしょう。こんなことを一年中飽きもせずに続け、それが十年、二十年と続く。悪くありません。とても魅力的に思える未来です。

今はまだ、「何も考えずに忙しく時間が過ぎていくのが幸せ」なんて思ったりしますが、こんな「退屈に満たされたステキな未来」が待っているかと思うと、余計に今はどんなに忙しくってもいいじゃん!とニタニタとしてしまいます。

まぁ、「今日と同じ明日が来る」なんて、何の疑いもなく考える私というのは、どんなに平和ボケ、幸せボケをしているのやら。けどね、いきなり世界が変わってしまったら、そのときはそのときで、困ったなぁと受け入れるだけのことなのです。それしかできないし。

それなら、今、わざわざ誰も困っていない様な論点を見つけて、しかめっ面をしたり、深刻な素振りをする必要などありませんよね。あんまり呑気に暮らしていると、本当に近頃の年寄りときたら…なんて言われそうですけれど。

*****
今日は職場に行ったら、何人も体調不良で「お休み」となっていました。最近は気温が上がったり、下がったりで、体調管理がとても難しい。冷房をつける日があったり、暖房にする日があったり。人間はともかく、家の愛猫がまた体調を崩したらどうしよう… 心配でずっと気にしています。お互いに、完全な共依存だな。

***
ブログランキングに参加しています。よろしければポチっとお願いします。やる気がでます。