「始まった」感じがします。まだ、4月になるには数日ありますけどね。古い人間なので、桜が咲いて、野球が開幕しないと、「日常」が動き出してくれません。加えて、今日は米本国でのMLBまで始まりました。どのチームが勝っても負けてもいいんです。超人たちの一挙手一投足をみているだけで、幸せな気分になれます。

誰が何を話そうと自由です。誰が世界や事物を、どんな風に理解しようと自由です。それで、みんな驚く様な出鱈目を堂々と話すのです。勿論、私だってそう。専門的な知識を持っている人からすると、椅子から転げ落ちそうなことを皆な得意げにペラペラと喋ります。

自分がよく知っている世界、慣れ親しんでいる世界のことに関して、こういう出鱈目を聞かされたときってどうすればいいんでしょうね。いろいろな考えが頭の中でグルグルとめぐります。

出鱈目を承知の上で「そうなんですか」と、とぼけるのが一番無難なのでしょうが、一応自分が大事にしている世界のことだと、その人が語る出鱈目が「許せない」気分にもなってきます。けれど、出鱈目を正したいと思う一方で、相手を凹ませてしまうのも大人気ありません。

とは言っても、出鱈目が自分や周囲に対して「害を及ぼす」のであれば、それを何とか上手く正さねばならないのですが、これが難しい。特に「出鱈目な人」が年長の人だったり、女性だったりすると、私は「正しい行い」を捨てて、その場を立ち去ることにしているのです。ゴメンね、ゴメンね。

ちなみに「出鱈目な人」のことを思って、正しいことを教えてあげる!なんてことは、私はまったく考えないのです。だって、それがその人にとっての真実ならば、それでいいじゃないですか。それに、その出鱈目を気付かせるのが、私でなくてもいいじゃないですか。幸せそうな人を幸せなままにしておく、これが最近の私のモットーだったりするのです。

それで、翻って考えるに、自分もきっと同じような醜態を晒しているに違いありません。誰かが大事にしている世界を土足で踏み込んでは、いい加減なこと、出鱈目なことを大声で話して、いい気分になっている。まぁ、そんなことを言いだしたら、誰も、何も口に出せなくなってしまうんですけどね。

人の間で生きるというのは難しいものですね。それにしても、今日のあのオヤジの出鱈目、強烈だったなぁ。逃げ場が無くて、ずっと聞かされる羽目になって、気絶しそうでしたよ。まだまだ、私も修行が足りません。「そうだったんですか、知らなかったなぁ。XXさん、物知りですね」くらい言える様にならなくちゃだわ。

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明日(3/29)は東京地方、ぐーんと寒くなって、一日中雨が降るのだとか。おもてでは何もできそうにないので、家の中、あれやこれやと片付けをしたり、衣替えでもしますかね。それはそれで、最高の幸せ。

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