早期退職者、定年退職者、いずれにせよ、60歳あたりの人間が「第二の人生」で働くにあたり、本人を一番に苦しめるのが「本気で働くこと」だと思うのです。給料は極端に下がるし、周囲もこれまでの様に敬意を払ってくれない、それに未経験の仕事をするとなったら「一番の下っ端」からのやり直し。これ、ただでさえ心細い中高年には辛過ぎます。
「小遣い稼ぎ」とは、何も、真剣に働かない、手を抜いて働く、といったことを言っている訳ではありません。勿論、人様からお金をもらうのですから、仕事は真面目に、きっちりと正面から向き合わなければなりません。けれど、退職後の仕事に関して、自分がやっていることは「小遣い稼ぎなんだ」程度の脱力感、ちょっとした諦観みたいなものが必要だと思うのです。
早期退職後20ヶ月、セミリタイアとは言え、それなりに働き続けてきた先人(私だよ)からの軽くて重い言葉です。まぁ、誰でもが通る道だと思いますが、いろいろと一喜一憂する訳ですよ。今でも正直、一喜一憂しますもの、随分と減りましたけれど。(最近は安定期)
「何言ってるんだよ、どうしても一定の収入が必要なんだよ」とか「お前は仕事をなめている」とか「俺は実力で高給を稼いでいるぞ」とか、きっと色んな意味で「怖い人」たちが沢山いることでしょう。どこで他人の虎の尻尾を踏むか分かりません。
それに、私のセミリタイア生活の中心にある考え方は「自由に生きて、必要なだけ働く」ですから、そもそも本来的には「仕事中心」であっては自らの信条に反することになります。「自由に生きて」の部分はきっと変化し続けるのでしょうから、「必要なだけ働く」もそれに応じて変わっていくハズです。
私が望む「自由」とはそんなにお金が掛かるものではないので、「必要なだけ働く」ことで獲得を望む報酬は、生活規模が大きく、レベルの高い人からすると本当に「お小遣い」程度のものだったりします。
けれど、そんな可愛らしい金額でも、そんなに蓄えがある訳ではないので、それが途絶えてしまうと「自由に生きる」が不自由になってしまいます。だからこそ、大事なことは「破綻せずに継続して働く」ということになります。そして、そのためにも「仕事において極力ダメージを負わない」、心持ちとしては「小遣い稼ぎ」「バイト」といった「脱力感」が丁度よいバランスに思うのです。理屈をこねても、答えは至ってシンプルなのです。
最後のバイトが何だったか確かな記憶はありませんが、新卒で就職した年の冬から春にかけて、大学入試の試験監督や、誰かのコンサートの館内警備なんてことをしていた様な気がします。何のダメージもなく、ただ、幾ばくかの小遣いを稼ぐための労働。楽しかったな。
とにかく「晴れ晴れとした気持ちで働く」、これが退職者、否、私の様な「必要なだけ働く」という人間にとって長続きの秘訣に思います。選んだ職場の環境を変えることはできませんから、自分の仕事観みたいなものを、今の自分の立ち位置に最適なものにアジャストする。これ、やっておかないと苦しんじゃうんですよね。何でオレ、こんなことやってるんだろう、なんてね。