何とか、今日で年内の仕事の「大物」はすべて片付けることができました。後は「ペンディング」にしていることを粛々と消化して、(多分無理ですが)キレイさっぱりとした気分で今年を締めくくりたいと思っているのです。机の上に置く小さな卓上カレンダーも確保できたし、新年を迎える準備は万端です。キティちゃんの絵柄のもので、きっと毎日ほっこり過ごせることでしょう。来年も猫年ダナ。
先週の金曜日に、退職した会社の同期にばったりと職場の近くで会いました。彼は私よりも1年程前?に早期退職をしていたのですが、その後の消息を知らなかったのです。ちなみに「彼」に関わらず、私、人の動静に関して、まったく無関心なのです。誰が、どこで、今、何をしているのか…何も知りません。今日みたいに「偶然」にその情報を知る、その程度で十分です。
それで、彼は今、起業をして、コンサル会社の社長をしているのだそうです。「だいぶ業績も安定してきたよ」とのことで、元気溌剌の様子、よかったです。ちなみに、彼、私の名前をすっかり思い出せないらしくて、会話の途中で名乗ろうかとも思ったのですが、突然に「オレだよオレ」というのも変なので止めました。
名刺をくれたので、メアドに「この間会ったのは、オレだよオレ」というメールを打っておきました。これが大人の対応というものでしょう。えっへん。
彼はとても優秀な人で、同期で入社したときから「こいつはエラくなるなぁ」と思ったものです。早期退職後、いろいろと苦労はあったのでしょうが、今は起業して、会社を率いているのです。大したものです。頑張ってね。
それで、改めて「起業する」ということを考えてみたのですが、私に限っては、その選択肢はまったくありません。いろいろと選択を誤り続けてここまで来た私ですが、「起業する」という選択をしなかったことだけは正解だったと、自分を褒めてあげたいのです。甘やかして、ご褒美をあげてもいいくらいです。
理由は二つで、先ずは何よりも「能力不足」です。起業して、世の中に立って、自分の生活も豊かにする、そんなことができるだけの「能力」が私にはないのです。中途半端にも「無い」ので、間違ってもそんなことを考えないのが救いだったりします。経営に必要な知識も無く、胆力もなく、人とのつながりもなく、やり続けるための信念もない、何よりも「人徳」がない、こりゃダメだな。
二つ目は、いろいろと心配性なので、多くの責任を一人で担ってしまうことになったら、それこそ「夜も眠れなくなってしまう」のが明らかなのです。そもそも心配症というのは、起きもしないことを次から次に見つけてしまうという病気な訳で、起業なんかしたら、大量の「心配」で、あっという間に脳の容量を超えてしまいます。だから、ムリ。
ちなみに統計によると、「シニア層の4人に1人が起業に関心を持っている」「60歳以上の起業者は増加傾向、特に女性の起業者は30年間で5倍」らしいのです。「2023年の東京23区内の新設法人の経営者に占める60代以上の割合は約15%」だそうです。みんな頑張っているんですね。(出典:定年退職後の起業に関する統計情報(2024.11))
まぁ、私に関しては「できないものはできない」ので、「できること」をするのみです。
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先日のエントリで「剥がれた靴底を接着剤でくっつけた」と書いたのですが、これ、見事に「くっついた」のです。何か不具合が生じても「捨てずに直す」、当たり前のことなんですけどね。うれしい。