うっかりしていましたが、来週はクリスマスなんですね。本気で忘れていました。62歳にもなれば、だからと言って、何かある訳でもないし、ただの年末の一日なんですよ。でも、若い人たちや、世間の様子を見ても、昔に比べて、盛り上がりに欠ける様に思うのです。

今年は25日は平日なので、少し前倒しして、今週末あたりに、どこの家でもクリスマスらしきことをするに違いありません。きっと我家でも、どこかの総菜屋さんで「クリスマスプレート」なるものを買ってきて、あと、妙なものが上に乗っているケーキを食べたりすることでしょう。実に日本らしい感じがします。十分に満足です。

さて、最近、こういうことがきっかけで「もう、働くのやーめた」と思うんじゃないかなと考えることがあります。何となく既に「やめたいな」という思いが、心の深海で、もそもそと動いている様な気がしますが、62歳にもなって、そんなことを思わない人などいないのです。

勿論、そう思ったところで、いろんな事情がそれを許してくれないなんてこともある訳ですが、本当に「もうやめる!」なんて思ったら、そんな事情などどうでもいいのです。だって「やめたい」を我慢しているなんて、絶望の味を毎日なめているみたいなものですからね。

私が、これは「きっかけ」の有力候補だなと思うものを幾つか並べてみることにします。先ずは「腰痛」です。今は鳴りを潜めているのですが、昔は5年おきくらいで、強烈な腰痛に見舞われていたのです。また、あれがやって来るとしたら、もはや昔の様に、這いつくばってでも会社に行くなんて気にはならないので、「腰痛のために退職します」となるのです。

次は「通勤苦」です。今の仕事は「在宅勤務」ができなくて、毎日大量の紙(請求書やら、領収書やら)に埋もれて働いているのです。それで、満員電車に約1時間も閉じ込められて通勤をしているのですが、いろいろと不愉快な目にあったり、何よりも疲れてぐったりとしてしまうのです。

これは会社のルールで始業時間を早くしたり、遅くしたりと設定を変えることができるので、先ずはこれで様子をみて、それでも辛いなぁと我慢ができなくなったら、「通勤苦のために退職します」となるのです。この理由で「やめます」の人、結構多いのです。まぁ、あれは相当の修行だからね。

それから「ニンゲン」です。人生の苦しみの殆どは「ニンゲン」に関わるものだと、アドラー先生も言っているとおり、職場での人間関係がこじれたら、それは正に「やめ時」なのです。年を取って、一層攻撃的になっている自分ほど危険なものはありませんからね。何か決定的な「事件」でも起こす前に、「働くのに疲れたので退職します」となるのです。流石に「みんな大嫌いなので退職します」とは言えないしね。

それで、腰痛が起きず、通勤も何故か苦にならなくなり、周囲にはイイ人ばかりであっても、「やめます」のきっかけになることがあるのです。それは、家族の健康です。家族が普段の生活に困る様な状態になったら、呑気に私が働いているどころの話ではありません。即、「家族の療養のために退職します」となります。今年、カミさんが手術をしたときに、結構真剣に「会社、やめるかな」と思いましたからね。

そして、もっともっと愛猫と一緒に過ごしたいので「退職します」というのも、結構に真剣に考えることがあるのです。猫ちゃんの寿命って、凡そ12歳~18歳なんて言われていて、家の子は今度誕生日が来ると「9歳」になるのです。

あんなに懐いてくれて、あんなに一緒にいたがるのに、私ときたら、週の大半を早朝から家を出て行ってしまうのは実に忍びないのです。そばにいて、何かしてあげられる訳ではありませんが、近くにいて、お互い勝手なことをしている、そんな「何も起きない日々」をもっと長く過ごしたいのです。猫ちゃんが家にいたら、誰だってそうだと思いますけれど。

さて、明日(12/20)は金曜日です。ムリせず、イキらず、臆病に、平和に、一週間を終えることにいたしましょう。

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年末ですから、ベートーベン先生の「第九」をヘビロテしているのです。私、喜びの歌、ドイツ語で歌えるんです。だから、合唱部分では部屋のスピーカーの前で、オーケストラと毎度共演をしているのです。気持ちいいなぁ。

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