月曜日(9/16)も休みなので、日曜日でも少しも「どんより」しません。明日になれば、結局は「どんより」するんですけどね。それにしても一滴の雨も降りません。「明日は雨」という天気予報にワクワクしています。
月に一度、しかもこのエントリを書くときのみ、何となく主語の大きなことを考えたり、書いたりします。私、「我々」とか「市民」とか「OB一同」とか、何でもそうですけれど、大きな主語で何かを語ったり、考えたりするのに抵抗があるのです。誰の同意も取り付けていないし、二人以上の人間が同じことを考えている訳はないし。
まぁ、ただ「眺めている」だけですし、極力「誰かの代表」なんてことも匂わせたりもしない様にするので、許してね。
改めて「シニア求人の本質」に切り込みます。これ、一番、本人(シニア、というか私)が何となく触れない様にしてきて部分です。シニア求人の本質とは「つまらないし、給料が低い」です。どうだ、参ったか。
世の中的には「えっ、つまらない仕事だから、低賃金なんじゃないの?当たり前でしょ、馬鹿なの?」ということなのでしょう。それはそうなんですけどね、或る日突然に「アンタができるのはつまらない仕事だけ」と決めつけられることには釈然としません。
それ以前に「つまらない仕事」とは何なのかということもあるでしょう。それに、「面白い」「つまらない」というのは人によって違うでしょうし。だから、これはあくまでも「私」の勝手な考えなのです。
私にとっての「つまらない仕事」というのは、以前のエントリでも書いたことがありますが「自由がない」仕事です。これは「仕事の進め方」に自分で決められる部分がないということです。つまり、自分で段取りができない仕事、これは私にとってはひどく辛いことだし、それでも片付いてしまう様な仕事はやはり「低賃金」であっても仕方がないなと思ったりします。
ちなみに今の私の仕事は「面白い」けれど低賃金だったりします。一方で仕事内容を通じて学べるものが多いこと、長く勤められることから、そういう「長期戦」をしているのだと私は考えています。ここに至るまでいろいろあったけれど、今の仕事に出会えてよかった….
それで、高齢者を対象にした仕事の多くは何故「つまらない仕事」なのか。これを今日は考えてみたいと思うのです。というか「面白い仕事」が何故、シニアには回ってこないのか。
シンプルな考察フローを書いてみます。
<フロー>
面白い仕事→自分でやり方を決められる→関連する知識、能力が必要→獲得には時間と謙虚さが要求される→最低でも10年程度→(未経験の)シニアにはできない(健康上の問題もあるし、長続きしない)
何だか当たり前すぎて、ガックシきました。こういうこと、いざシニアになったときに「(若い頃から)分かっていた人は分かっている」けれど「分かっていなかった人は分かっていない」んでしょうね。だから、シニアになっても「面白い仕事」がしたければ、「それなりの準備」が必要だった訳です。
雇用延長で同じ会社で面白い仕事をしたければ「あの仕事にあの人あり」とされねばなりませんし、別の会社で面白い仕事をしたければ「即戦力」と評価されるための客観的な証明をしなければなりません。それは業務実績であったり、資格だったりします。あーやだ、余りに当たり前のことを書いています。まぁ、当たり前のことが真実なんですよ。
年齢に関係なく如何に「面白い仕事」をするかというのは、やはりそれなりの期間に渡るキャリア戦略が必要なんでしょうね。私なんか、ただただ「偶然の風の中」で過ごしてしまいましたよ。けれど、まだ遅くはない…十分に遅いダロ。
最後にシニア求人の概観を勝手にちらりと眺めます。今のところ別の仕事をしようと思っていないので、眺めるにしても真剣さに欠けることをご理解下さい。
●「事務」の仕事:相変わらず、殆どなし。雇用延長者が大量がいるので、それで十分か。
●「キツイ」仕事:少し給料がよいと思われる仕事は、殆どが「夜勤」アリ。
●必置資格がある資格:大量にはないが一定数の求人が継続してアリ。賃金は高め。
総じて「変化なし」という感じです。世の中「持たざる者」には厳しいです。
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そろそろ庭の「かぼす」と「レモン」を収穫してみることにします。大事なことは「魚」を用意しておくことで、ネットスーパーでサンマなどを買っておかねばなりません。カミさんにお願いをしておかなければ。