今どき、まだ、そんな通販業者がいることに驚きました。しかも通販会社としては、非常に有名な企業です。何がヒドイって、在庫があるから注文して、しかも注文受付完了のメールまで返しておいて、いざ商品発送の段になって「売切れです」と連絡をよこしてきたのです。お詫びの一つもなく。

これ、全部がキャンセルになるなら、まだマシですが、一緒にオーダーして「売切れ」となった商品以外のものは、安価なものでも、しっかり送料を取って送りつけてくるのです。これだったら、最初からアンタのとこになんか注文しないよ!激おこです。

それで、こんな目に遭っているのは私だけかと思ってググったら、被害者の会を結成できる程に「悪評」の山となっていました。こういう評判を、この会社も知らない訳じゃないだろうに、それを放置し続けるって、怒りを通りすぎて、「大丈夫か?」と心配になってしまいましたよ。

さて、先日、日本の超優良企業の伝説的な経営者の方の講演を聞く機会があって、心から「すごくいい話だなぁ」と感動をしてしまいました。マネジメント論、リーダーシップ論なんですけれど、「今から30年前にこんな話を聞けたらよかったのに」と、その頃の自分の素行を振り返って、ひたすらにため息をつきました。

62歳で、老後の仕事をして、社会の片隅で何とか生きている私では、どんなにいい話、目から鱗の話を聞いたとしても、最早それを自分の振る舞いに活かすことができないのです。いやいや、幾つになっても、どんな環境であっても、自分や周囲を変えることはできますよ!なんて、慰めは要りませんから。

それに、「自分がどうこう」以前の問題として、当時一緒に働いていた仲間たちにとって「ヒドイ上司」であり、「ヒドイ同僚」であったことを、もはや仕事を通じてリカバリーすることができないのが辛いのです。私が聞いた講演はとても素晴らしいものだったのですが、一方でとてつもなく「耳に痛い」ものでもありました。

今となっては何一つ「詫びる」ことも「挽回する」こともできません。どうして、こうも「後悔」する様なことばかり、やり続けてきてしまったんでしょうね。反省の色もなく、ただただ、呆れるばかりです。リカバリーのチャンスを失ってしまうというのは、本当に悲しく、無力感に打ちのめされることなのです。つくづく思い知らされましたよ。

考えてみると「後悔先に立たず」というのは救いのない格言ですよね。悔いる気持ちを、何となく「よくある事例」みたいに他人事として、少し痛みを和らげるだけのことですから。でもね、そのときはそのときなりに、一所懸命だったんですよ、やり方は間違っていたけれど。だから、それがダメなんだって。

年老いてから「いい話」を聞くというのは、それなりに痛みを伴うものなんですね。

*****
明日(11/29)で、今週も終わりで、11月の稼働日も終わりです。それで、週末が終わると「12月」が待っています。ありゃりゃりゃ、ついこの間、年末を迎えたと思ったら、また年末で、またお正月です。またクリスマスケーキで、また「おせち料理」です。また紅白歌合戦(見ない)で、またゆく年くる年で、ゴーンとどこかのお寺の鐘が鳴ります。そういうこと。

***
ブログランキングに参加しています。よろしければポチっとお願いします。やる気がでます。